池の底にて

 

 

 

 

 

 ターコイズに沈む水底で自分の吐いた息が泡雪になって浮かび上がる様を、どこか他人事のように、眺めていた。

 不思議と肺は苦しくない。

(ああ、俺、負けたんだな)

 それもそうか、と思う。

 一対一でも人口の数で不利だというのにあの山陽ツートップと渡り合ったのだから、むしろよく頑張った方だ。拍手喝采、讃えられたっていい。

 そんなくだらない思考に流されていれば、ぱたりぱたりと空から赤が舞う。見上げた淵で、あいつが静かに泣いていた。その色はあいつの腕から伝ってこの水底へ届く。あの左腕は俺が怪我をさせた箇所だった。

(だからお前を選んだのに)

 感情を恨む。損得だけを考えて、時には自分さえも切り捨てる――それが香川県[おれ]だったろうに。いつからこんなに不器用になったのか、余計なモノを置いていけるような利口にはなれなくなっていた。

 赤がターコイズを掻き分けて潜る。

 ここはまるで溜池だ。溜池はその構造上、一度落ちたら這い上がるのは難しい。苦しくて、もがいて、そうして命を落とす。俺もそのひとりだ。 そのひとりで、在りたかった。

 なのにどうして手を伸ばしたりしたの。どうしてお前は握り返してくれたの。そのまま香川県[おれ]の経済発展のためにただ利用されていてくれたら、どんなに呼吸が楽だったか。

 酸素を求めて浮き上がる。

 水底だと思っていた色は夜明け前の部屋の色で、俺は自室のベッドで横たわっていた。外からはさあさあと雨の音がする。そうして、そこに混じる寝息がこの空間にもうひとつの存在があることを告げる。

「なんでいるんだよ、ばか」

 どのくらい傍にいたのか、椅子にもたれ掛かって眠る端正な顔にはわずかに陰りが見えた。まさかと思って慌てて身体を起こし、腕から滴る赤がないことを確認して胸を撫で下ろす。俺と同じで眠りが深い方ではなかったはずだが、いまの衣擦れの音ぐらいでは目を覚ます気配がない。それをいいことに、狡い俺は返事をするんだ。

「お前がいくら拒絶しても、もう離れてやるつもりはないんだよ」

 俺がこんな風になったのは、全部お前のせいなんだ。

 だから、だからさ、親友。早く目を開けて、その透き通る色で俺を掬い上げてよ。

 

 

 

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